前回の記事で亞書の唯一の手がかりは「りすの書房」にあると書いた。
今回はそのりすの書房に迫る。
今回はそのりすの書房に迫る。
そもそも「りす」の書房なのか?「りすの」書房なのか?
まあそれはおいておくとして、これがりすの書房のサイト。
一見すると、普通のショッピングサイトに見える。
ざっと見ると「入水そと」という人の作品が多いことに気づいた。
早速、名前を検索。ブログを発見した。26歳の東京生まれだそうだ。
このブログの文体が妙に読ませる文体で、異端なものを感じる。
※追記 2015/10/28 その中で、実はこんな書き込みがあった。
『本日演奏される『モテトゥス第1番〈アヴェ・マリア〉』の現行の出版譜は三種類ある。
ファクシミリ版は、たった28ページで八千円という、なかば詐欺まがいの代物で、公立図書館の馬鹿どもをだまくらかすために出した版であるから、
個人が手を出すべきものではない。演奏用のA4判も、たった8ページで二千円もする。
そんなわけで、どうしても楽譜が欲しい物好きがいたら、手のひらサイズのポケットスコアがおすすめである。
1,030円である。消費税が上がる前に、買うべきである。いまだに一冊も売れていない。不良在庫の山である。』
ざっと読んだところ、「りすの書房」にある大半は彼が手がけていると判明した。
「りすの書房」の書籍コーナーには入水そとをはじめとして、色々な作家の本が出ているが、
入水氏がそれら故人の作家の作品を編纂、再出版しているようだ。
ただ、とりわけ不気味だったのが、岩井悦子詩集。
GoogleBooksで見ると、4頁からひたすら人名の羅列になっている。気味が悪いことこの上ない。
どうやら大学教授の名前が多いようで、一人一人検索したところ、労働法に関係している人たちのようだ。
(現在はなぜか名前の頁が見れなくなっている)
そしてこの項目のタイトルを目次を見るとexistence...demantelementとある。
existence=「存在」
demantelement=フランス語で「解体」
存在を解体??英語とフランス語が混じっているのも不可解だが、意味もよく分からない。
何か不吉なイメージしか湧いてこない。
※15/10/24 追記 コメント欄によるご指摘によるとexistenceもフランス語とのこと
2項からわけのわからない詩が淡々とあったり、昔の文体で書かれた読むだけでも一苦労しそうな
作品があった。
兎にも角にも、名前の羅列の意味はなんなんだろうか?それ以前に岩井悦子とは何者なのか?
この詩集以外発表していないみたいだ。版元は「木曜社」というところらしい。
また新たな名前だ。この木曜社、会社概要を見ると、りすの書房になっている。
りすの書房の中の会社なのか?よくわからない。なぜわざわざ同じような会社が二つも・・?
話を戻そう。
個人的にこの岩井は入水そとの別名だと思う。実在する証明がないし、女性の文体には見えない。
感覚的なものだが、何か入水氏と似たものを感じる。後述するが、入水氏とフランス語で共通点がある。
また入水氏は、この詩集の短評をしている。となると、自分で自分の作品を評しているということになる。
意図は分からないが、いろんな人が出版しているという雰囲気を出したいのか?
他には、バンドのCDや漫画など。バンドの音源は普通に今時のJ-POPという感じだった。
これはりすの書房が単純に気に入って普通にディストリビューションしているだけなのか。
(今見たら、CDが商品一覧から消えていた)
とにかく謎が謎を呼ぶこのりすの書房。決算報告書まで載せていて、大変な赤字のようだ。
そして、なんといってもサイト内に「亞書」に関しての記載が一切ないところが不可解である。
あそこまでシリーズ化されている本をなぜ宣伝しないのか。
また「言語別聖書」も同様に一切触れられていない。あくまでユダ書院とやらのモノとしたいのか?
その「言語別聖書」だが、これにも少し触れておく。
この本、大きさが亞書とほとんど同じなのである。
サイズはAmazonの人が計っているのか?だとしたら誤差だとして、
本の規格自体は同じなのではないだろうか?巻数も聖書が99冊、亞書が96冊と近い。
ひょっとして、亞書の中身は聖書か?
「りすの書房」に話を戻す。
書籍のほかに楽譜も売っており、これも半数近く入水氏のものであとは迫田圭なる人物。
入水氏のブログによると、この二人は友人同士のようだ。
つまり入水そと氏は作家であり、作曲家・・・なのか?
曲名なのかなんなのか「Jesuis Dehors」という文字が目立つ。
Jesuisはフランス語で私という意味のようだ。これが岩井悦子との共通点。
翻訳するとJesuis Outsideと出た。Outsideは外。つまり、そと。ここで気が付いたと思う。
Jesuis そと = ジュスイ そと である。
まぁただの名前の由来なので、たいした意味はないのだが・・・。
これまでの流れをひっくるめると、この「りすの書房」自体が入水氏が個人で経営している
インディーズレーベルのようなものではないかと思う。
採算を度外視した趣味だろうか。さすがにこれだけでは食っていけないだろう。
ひとつの説として、りすの書房がユダ書院に名前だけ貸したという説はどうだろうか。
Amazonから出している以上、審査を通っているわけで、そうなると
出版社が会社としてしっかり存在している必要性があるということ。
しかし、ユダ書院というのは架空の会社であり、出品が出来ない。
だから、りすの書房が出しているという体で、名義を借りて、2つの出版社の名前が載ってしまった。
というのはどうだろうか?
ただ、例えそうだとしても意図が全く分からない。そもそもなぜ「りすの書房」からなのか?
もうひとつの説。それはりすの書房が製本元という説。つまり、「りすの書房」は紙を刷っているだけで、
作品自体とは関わりがない。なので、サイト内でも一切触れていないということ。
印刷代で売り上げを出しているかもしれない。
またもうひとつ、某掲示板で興味深い説を発見したので紹介しておこう。
これが可能ならば恐ろしい錬金術である。
しかし、国会図書館相手にこんなことがまかり通るのか・・・?
いくらなんでも相場とかけ離れすぎていて難しい気がするのだが・・・。
色々他にも情報を収集したのだが、めぼしい発見はなかったので、「りすの書房」に思い切って
亞書とはなんなのか、ということを問い合わせてみることにした。
つづく
まあそれはおいておくとして、これがりすの書房のサイト。
一見すると、普通のショッピングサイトに見える。
ざっと見ると「入水そと」という人の作品が多いことに気づいた。
早速、名前を検索。ブログを発見した。26歳の東京生まれだそうだ。
このブログの文体が妙に読ませる文体で、異端なものを感じる。
※追記 2015/10/28 その中で、実はこんな書き込みがあった。
『本日演奏される『モテトゥス第1番〈アヴェ・マリア〉』の現行の出版譜は三種類ある。
ファクシミリ版は、たった28ページで八千円という、なかば詐欺まがいの代物で、公立図書館の馬鹿どもをだまくらかすために出した版であるから、
個人が手を出すべきものではない。演奏用のA4判も、たった8ページで二千円もする。
そんなわけで、どうしても楽譜が欲しい物好きがいたら、手のひらサイズのポケットスコアがおすすめである。
1,030円である。消費税が上がる前に、買うべきである。いまだに一冊も売れていない。不良在庫の山である。』
ざっと読んだところ、「りすの書房」にある大半は彼が手がけていると判明した。
「りすの書房」の書籍コーナーには入水そとをはじめとして、色々な作家の本が出ているが、
入水氏がそれら故人の作家の作品を編纂、再出版しているようだ。
ただ、とりわけ不気味だったのが、岩井悦子詩集。
GoogleBooksで見ると、4頁からひたすら人名の羅列になっている。気味が悪いことこの上ない。
どうやら大学教授の名前が多いようで、一人一人検索したところ、労働法に関係している人たちのようだ。
(現在はなぜか名前の頁が見れなくなっている)
そしてこの項目のタイトルを目次を見るとexistence...demantelementとある。
existence=「存在」
demantelement=フランス語で「解体」
存在を解体??英語とフランス語が混じっているのも不可解だが、意味もよく分からない。
何か不吉なイメージしか湧いてこない。
※15/10/24 追記 コメント欄によるご指摘によるとexistenceもフランス語とのこと
2項からわけのわからない詩が淡々とあったり、昔の文体で書かれた読むだけでも一苦労しそうな
作品があった。
兎にも角にも、名前の羅列の意味はなんなんだろうか?それ以前に岩井悦子とは何者なのか?
この詩集以外発表していないみたいだ。版元は「木曜社」というところらしい。
また新たな名前だ。この木曜社、会社概要を見ると、りすの書房になっている。
りすの書房の中の会社なのか?よくわからない。なぜわざわざ同じような会社が二つも・・?
話を戻そう。
個人的にこの岩井は入水そとの別名だと思う。実在する証明がないし、女性の文体には見えない。
感覚的なものだが、何か入水氏と似たものを感じる。後述するが、入水氏とフランス語で共通点がある。
また入水氏は、この詩集の短評をしている。となると、自分で自分の作品を評しているということになる。
意図は分からないが、いろんな人が出版しているという雰囲気を出したいのか?
他には、バンドのCDや漫画など。バンドの音源は普通に今時のJ-POPという感じだった。
これはりすの書房が単純に気に入って普通にディストリビューションしているだけなのか。
(今見たら、CDが商品一覧から消えていた)
とにかく謎が謎を呼ぶこのりすの書房。決算報告書まで載せていて、大変な赤字のようだ。
そして、なんといってもサイト内に「亞書」に関しての記載が一切ないところが不可解である。
あそこまでシリーズ化されている本をなぜ宣伝しないのか。
また「言語別聖書」も同様に一切触れられていない。あくまでユダ書院とやらのモノとしたいのか?
その「言語別聖書」だが、これにも少し触れておく。
この本、大きさが亞書とほとんど同じなのである。
カムライグ語聖書(1)創世記 (言語別聖書集成) 商品パッケージの寸法: 21.2 x 15.6 x 3.4 cm
- 亞書 商品パッケージの寸法: 21.8 x 15.2 x 3 cm
サイズはAmazonの人が計っているのか?だとしたら誤差だとして、
本の規格自体は同じなのではないだろうか?巻数も聖書が99冊、亞書が96冊と近い。
ひょっとして、亞書の中身は聖書か?
「りすの書房」に話を戻す。
書籍のほかに楽譜も売っており、これも半数近く入水氏のものであとは迫田圭なる人物。
入水氏のブログによると、この二人は友人同士のようだ。
つまり入水そと氏は作家であり、作曲家・・・なのか?
曲名なのかなんなのか「Jesuis Dehors」という文字が目立つ。
Jesuisはフランス語で私という意味のようだ。これが岩井悦子との共通点。
翻訳するとJesuis Outsideと出た。Outsideは外。つまり、そと。ここで気が付いたと思う。
Jesuis そと = ジュスイ そと である。
まぁただの名前の由来なので、たいした意味はないのだが・・・。
これまでの流れをひっくるめると、この「りすの書房」自体が入水氏が個人で経営している
インディーズレーベルのようなものではないかと思う。
採算を度外視した趣味だろうか。さすがにこれだけでは食っていけないだろう。
ひとつの説として、りすの書房がユダ書院に名前だけ貸したという説はどうだろうか。
Amazonから出している以上、審査を通っているわけで、そうなると
出版社が会社としてしっかり存在している必要性があるということ。
しかし、ユダ書院というのは架空の会社であり、出品が出来ない。
だから、りすの書房が出しているという体で、名義を借りて、2つの出版社の名前が載ってしまった。
というのはどうだろうか?
ただ、例えそうだとしても意図が全く分からない。そもそもなぜ「りすの書房」からなのか?
もうひとつの説。それはりすの書房が製本元という説。つまり、「りすの書房」は紙を刷っているだけで、
作品自体とは関わりがない。なので、サイト内でも一切触れていないということ。
印刷代で売り上げを出しているかもしれない。
またもうひとつ、某掲示板で興味深い説を発見したので紹介しておこう。
これは憶測だが、国立国会図書館を相手にした金儲けじゃないかと思う。
国会図書館に出版物を納本するシステムのうち、「代償金」という仕組みがある。
出版者が出版物を納める際に、その代償金の請求手続きを踏めばおよそ小売価格の5割を受け取れるという事。
(以下抜粋)
>納入いただいた発行者に対しては、当該出版物の出版及び納入に通常要すべき費用に相当する金額(通常、小売価格の5割と郵送における最低の料金に相当する金額)を代償金として支払うこととなっています。
代償金請求の手続については、お問い合わせください。
(以下参考URL)
国立国会図書館
トップ > 国立国会図書館について > 納本制度 > 納本のお願い > Q&A―企業・団体、個人
http://www.ndl.go.jp/jp/aboutus/deposit/qa05.html
これは商業であろうと自費出版であろうと関係がない。
つまり、どんな内容の本でも高値でも、本の体裁さえしてあれば国会図書館が半値で買ってくれるという事。
なので、
・市場を度外視した高い値段設定
・やたらに多い巻数
この二つの疑問については、これで一応の話の筋が通る気がする。
これが可能ならば恐ろしい錬金術である。
しかし、国会図書館相手にこんなことがまかり通るのか・・・?
いくらなんでも相場とかけ離れすぎていて難しい気がするのだが・・・。
色々他にも情報を収集したのだが、めぼしい発見はなかったので、「りすの書房」に思い切って
亞書とはなんなのか、ということを問い合わせてみることにした。
つづく