現状、これまでの流れが一方向に向かって進み、一つの結論に到達しそうになっているが、
結局、図書館やりすの書房の公式な見解がない以上は、推測の域を出ない。

なので、ここらで一つ原点に返ってみたい。

その前に一つ。
 
このブログにおける「亞書の謎」は、亞書ならびそれに纏わるものの謎や疑問を単純に
追及することが目的であり、りすの書房を追い込む為のものではない
、ということをことわっておく。


さて、この亞書であるが、異様な値段と冊数から、当初一体、何の目的で製造、販売されたのか、
というのが疑問になっていた。

調査を進めるうち、図書館の制度を利用した金儲けなのでは?という憶測が出てきた。
図書館に本を納めると、その本の定価の約半分の代金(代償金という)を貰えるというものだ。
確かにその場合、破格な値段と冊数の筋は通る。

更にそれを裏付けたのは中心人物とされる「入水そと」のブログ内における下記記述である。
(現在は削除済み)
 
『本日演奏される『モテトゥス第1番〈アヴェ・マリア〉』の現行の出版譜は三種類ある。 
ファクシミリ版は、たった28ページで八千円という、なかば詐欺まがいの代物で、
公立図書館の馬鹿どもをだまくらかすために出した版であるから、 
個人が手を出すべきものではない。演奏用のA4判も、たった8ページで二千円もする。 
そんなわけで、どうしても楽譜が欲しい物好きがいたら、手のひらサイズのポケットスコアがおすすめである。 
1,030円である。消費税が上がる前に、買うべきである。いまだに一冊も売れていない。不良在庫の山である。』 

これに対する指摘が多方面から挙がると、販売元のりすの書房ならびに入水そとは
自身のサイトやブログを消し、行方をくらましてしまった。これに関しては後ろめたいことが
あるからなのでは?という声が多い。

確かに一連の流れや状況だけ見ると、架空の会社を作り、図書館の制度を利用した金儲け
という可能性は十分に考えられるし、濃厚だとも思える。
そして仮にそう(確信犯)だとすると、私は普通にこのやり口に感心してしまうだけである。

が、実態が分からない以上、これらを断定することはできず、あくまで推測の域を出ないのも事実だ。

また全てを入水そとがたった一人で行っていると考えてしまいがちだが、数人で行っている
可能性だってあり得る。その辺すらハッキリしていないのだ。

そして仮に、だ。
仮に金儲けが目的ではないならば、全てが水泡に帰すこととなる。

金儲けが目的でないというのは、つまり代償金がさほど貰えなかったという場合である。
・・ただ、これに至っては調べようがない。駄目元で図書館に訊いてみる手立てはあるが・・・。

だが仮にそうなると、他に目的があったということになる。無理矢理にそれを捻り出してみよう。

思いつくのは亞書をアンダーグラウンドやカルト、謎をコンセプトにする目的で出版したという場合。
値段自体も作品の一部、として恣意的につけられた値段で、"一部"と言うと語弊があるかもしれないが、
あの異常な値段こそ、亞書としての神秘性を高めるための材料ということである。
Amazonにしか流通させないというのも、そういった効果を狙ったものと、
或いは抑えがたい自己顕示欲の表れかもしれない。
代償金を得たのは結果としてそうなっただけであり、主目的ではないということだ。

ただ、この説でいくと聖書も同じことをしているわけで、かなり無理があるとは思える。
結局、聖書の二番煎じなのだ。タイトルこそ不可解なものの、やっていることは
変わらないというわけである。

何かこう、イメージ的に、どうも聖書は亞書の(結果的にだが)リハーサルのような気がする。
というのも聖書のあの値段のバラつき。あそこまで値段に差があるのは労力だけでは
説明がつかないのでは?

何か理由があると思う。

単純に思いつくのは聖書を用いて「この値段ならこれだけ代償金が貰える」という"探り"を
入れていたのではないだろうか?そして、導き出されたのが6万という数字。要するに限度額である。
その数字を亞書の価格に設定した・・・ということだ。

まぁ全くの妄想にすぎないのであるが・・・・
 
兎にも角にも、亞書の中身は何なのか、というのが最大のポイントだ。
そして、その手がかりになるのは現状ではりすの書房から送って頂いたサンプルただ一つである。

現時点で、巷ではサンプルを見るに亞書の文章は意味をなしていない適当なもの、
という意見が支配的だ。

つまり、ページ数を稼ぐため、色々な言語を滅茶苦茶に打ったものだ、ということ。
サンプルをOCR(活字の文書の画像をコンピュータが編集できる形式に変換するもの)で取り込み
解読しようとした人もいたようが、読み込めなかったらしい。

このサンプル、一部は検索すれば見つかるが、残りの頁は中々ないようなので、
ここらで実際にお見せする。サンプルであるからまずないとは思うが、もしも問題があるようなら
すぐに削除するので悪しからず。
 
また、以前コメント欄でサンプルをりすの書房から頂いた人がいたが、Noがいくつのサンプルだったかを
教えて貰えると幸いだ。
※追記 コメント欄にて教えて頂いたが、私と同じNo.73であった。

以下がサンプルである。 
 
 4
 3
2
 1


特徴的なのは影の付いたフレームがフォーマットになり、その中に文字が書いてある。
一部情報によると、この文字はセルビア語との声もある。
少しでも読める方はいるだろうか?知り合いに専門家がいる方はぜひ見せて頂きたい。
そして、これ以降の頁は現物を見てみないとわからないのが実情である。

例え、意味を成さない言語だとしても、どう作成したのかが気になる。
1言語だけならまだしも、複数の言語が混ざっている可能性も示唆されているわけで、
その場合、余計煩わしく骨が折れる。
逆に言えば、敢えてその手法をとったのかもしれないが・・・。

更に云えば、96冊、同じ頁がないのかというのも気になるところ。
つまり、ある程度刷った頁を、順序をばらばらに入れ替えて製本している可能性もある。
その方がコスト面で考えても確実に楽であるからだ。

あとは装丁である。銀色と黒だけの配色。表紙からして怪しさを醸し出しているのが見て取れる。
探ってくれといわんばかりのオーラがある。無駄に「凝っている」のだ。
これも本の価値、神秘性を高めるための演出だろうか。
どの道、手にとって見なければ分からないのが現状。

頼みの綱は国立国会図書館だけであるが、60冊しか納入されておらず、全てを見ることは出来ない。
今後、続きが納入されるのだろうか。





つづく