前回、古い事件を取り上げるなどと言っておきながら、いきなり最近の事件を取り上げた次第であるが、本シリーズは風化阻止の目的もあるので、あまり知名度のないであろう事件や、ここで取り上げきれなかった事件を年代問わず扱っていきたい。

そして、今回であるが・・・
赤城神社主婦失踪事件である。

Akagi-jinja_(Miyosawa)_shoumen


未解決事件フリークの方なら、知らぬものはいないであろう事件である。
 
かくいう私も、この事件は数ある事件の中でも、かなり上位に位置する不可思議な事件だと思っている。 

【事件概要】

1998年5月3日、千葉県白井市の主婦志塚法子さん(当時48歳)は、
家族(夫・娘・孫・叔父・叔母・義母)と群馬県宮城村三夜沢(現前橋市三夜沢町)
の赤城神社へツツジ見物に訪れていた。

午前11時30分頃到。あいにくの雨のため、神社へ行く夫と叔父以外は駐車場に停
めた車の中で待つことに。

しかししばらくして法子さんは「折角だから、賽銭をあげてくる」と、財布からお賽銭用に101円だけを取り出し、神社への参道を登っていった。距離は直線にして100m程度、時間にして数十秒。
その時の格好は赤い傘を差し、ピンクのシャツに黒のスカートという目立つもの。
娘は駐車場から法子さんが境内とは別方向への場所でただずむ姿を目にしている。
これが家族が見た法子さんの最後の姿となってしまった…

戻らない法子さんを心配した家族はあたりを捜すも見つからず、警察へ通報。
10日間で延べ100人あまりで付近一帯を捜索するも見つからなかった…
参道は山道ながらもよく整備され、崖などの危険な場所や道に迷う箇所もない。
また、ゴールデンウィーク中で神社には沢山の人が訪れていたが、不審な人物や物音を聞いた人はいなかった。群馬県警にも20件ほどの情報提供があったが、発見に結びつく有力なものはないという。

 失踪から7か月後、失踪当日の同じ頃の赤城神社で偶然撮影されたホームビデオが撮影者によってテレビ局に提供された。
そこには法子さんとおぼしき人物が、何者かに傘を差しだすような姿が小さく写りこんでいたが、家族はこれを別人と確認。
しかし、画面の右下に小さく傘を持った人影が映っており、映像解析を試みると、傘の色は赤、髪の長さも本人とほぼ同じだと言うことがわかった。

また失踪後、数回無言電話が自宅にかかってきている。
その局番は「大阪」と「米子」であった。





赤城神社を調べると、群馬県内に118社もあり、間違えやすいが、本件は宮城村三夜沢の赤城神社が舞台である。

この神社、神隠しの伝説もあるらしく、そういった点がより一層、オカルトチックなミステリーとなっているのではないだろうか。

この事件は手がかりが参拝客の写したホームビデオのみであり、それも法子さん本人かどうかはわからず、手詰まり感が半端ないので、推理というよりはある種の妄想――
というより、阿呆の私には「推理」というような大それたことは出来ぬので、いつも通りの「妄想」で話を進めて行きたい。

(ツツジ見物)

改めて事件概要を見てて気付いたのだが、この失踪した主婦、群馬の事件なので、てっきり群馬の方かと思ったのだが、千葉県白井市の主婦であった。

失踪した日、家族(夫・娘・孫・叔父・叔母・義母)でツツジ見物に訪れた。神社に到着したのは午前11時半。

こちらを参考にすると、約2時間で到着するようなので、神社を目指していたとすると家を出発したのは9時頃だと思われる。で、このツツジ見物そのものが目的だったか、何かのついで立ち寄ったのか。これが重要である。

赤城神社 ツツジ で調べると観光名所らしく、

赤城神社参道松並木とツツジ群(アカギジンジャサンドウマツナミキトツツジグン)、
赤城神社へと続く約3.2kmの参道松並木は、県内でも有数のつつじの名所で、多くの人の心を魅了する。

とあり、ツツジ見物と参拝二つを兼ねた目的で行ったとしてもなんら不思議ではないというかむしろそれが普通であろう。元より、この事件を扱うどのサイトを見ても、どこかの場所に行ったついにで、あるいは向かうついでに・・・などの記述がないことからツツジ見物&参拝が目的だったのかなとは思うのであるが、3.2kmの参道松並木を歩いて神社に行ったのかというと、そうではなく、といううのも、昔テレビのチカラでこの事件が取り上げられた時の再現VTRでは、一家は神社付近の駐車場で停車し、夫と叔父がまず神社へ、その後法子さんはお賽銭をあげに行ったと記憶している。つまり、娘、孫、叔母、義母は車内で待機していたのだ。これはなぜかというと生憎の雨が降っていたからである。

この日の天気を調べると狙いすましたようにお昼の時間帯集中して雨が降っている。

家を何時に出たのかが定かではないが、千葉からはるばる群馬まできて、雨だからといってあっさり断念するというのも解せず、これが意味するのは、神社へ行ったのは当初の目的ではなく気まぐれ、あるいはあくまでメインはツツジ見物、参拝はオマケ程度…といったところだろう。
恐らく、ツツジ見物後の移動中、あるいは見物中に雨が降り出したが、せっかくだからちょっくらお参りでもしていこうと夫か叔父が言いだしたのだろう。

(101円の謎)
 
ただ、雨降りしきる中、わざわざ参拝へ行くのも億劫だと感じたのであろう女性陣と孫は車中に残ることに。

しかし、しばらくして、法子さんもお賽銭をあげにいくと思い立つ。

私はこの『しばらくして』というところに違和感を覚えた。お賽銭をあげてくる行為って考えあぐねた結果することだろうか?参拝する気持ちがあれば、最初から夫と一緒に行けばいいハズで、つまり最初はその気がなく、途中から芽生えたような行動を、わざわざ雨が降っている中するのか?という疑問。これは参拝以外の何かの目的を思い立ったような気がしてならない。考え過ぎだろうか?

そして財布から取りだした101円。この101円に関しても、どうも引っかかるのだ。

なぜ100円でなく101円なのか。100円玉と1円玉の2枚だとは思うが、何故2枚なのか。
また、尚且つ周囲がそれを覚えているということはその金額を口に出したから?
一つ言えるの法子さんは故意に101円を『チョイスした』、ということである。

で、この101円だが、お賽銭の額によって、意味合いがあるらしく101円を調べると

物事の始まりや決意ごと

という意味合いがあるらしい。

もし法子さんがこの意味合いを知っていて101円をチョイスしたとなると、何かを決意したという言うなれば、お賽銭を介した法子さんからのメッセージというか、そういったニュアンスを感じざるを得ない。
要するに自らの意思、心配しないでほしい的な意味合いが含まれていると捉えられ、財布なども置いて行ったのも、今までの自分との決別、ゼロからのスタートということかも知れず、つまりは 自発的失踪 を思い起こさせる。

またこの時、法子さんの娘が、 駐車場からは100mほど離れた境内とは別方向の場所で佇む姿を目にしている。テレビのチカラを見た記憶でいうと、境内から大きく左に逸れた山道というよりほとんど山中にいたような記憶がある。

また境内へ真っ直ぐ向かったなら、先に行っている夫と叔父とすれ違うはずで、そうでないということは、ハナから境内へ行く気はなく、いきなり山中へと続く道を進んだのではないだろうか?そんな道があるのか分らないが、そう考えるとゴールデンウィークで、大勢いた参拝客の誰しもが法子さんを見た覚えがないという意味も理解できる。

そして、このような場所で佇むというのも激しく不可解だが、自発的失踪を念頭に考えると、一つ辻褄が合うことがある。

山中となると、少しの距離でも平地より標高が若干高いハズで、そこで佇んでいた、というより佇んでいたように見えたのは、法子さん自身が、肉眼で見るのが最期となるであろう家族の姿を、その目に焼き付けるが如くして
(振り返り)見つめていた・・・ということは考えられないだろうか?
もしくは、家族が後を付けてきていないかの確認、という可能性もある。
無論、法子さんが向こうを向いていたという確証があるのであれば、これら妄想は的外れになるが、当
日は雨が降っており、傘をさしていたはずで、 100mほど離れた場所で顔の正確な向きが果たして分か
るものだろうか?

(事件、事故の可能性は?)

では、自発的失踪でないとすると事件か事故いずれかということになる。
参道は山道ながらもよく整備され、崖などの危険な場所や道に迷う箇所もないというが、これはあくま
で参道の話で山中はどうなのという疑問もあるが、100人態勢で辺り一帯を捜索し、何も見つからない
ということは、事故という線はほぼないのではないか、と思う。
捜索範囲を外れた山中奥深くで事故に遭ったのかもしれないが、そうなるとそこまで行った、あるいは
連れて行かれた、ということになるのでそれは失踪か事件だ。

では、事件の線を考えてみる。まず、法子さんが一人で参拝に行くということを予測することはほぼ不可能なわけで、そうなると法子さんを狙っていた線はなくなり、突発的に起こったといえる。
佇んでいた山中までは自分の足で向かったと思って良いと思うので、境内に向かう途中、山中に何かを発見したか何かして、急遽そこまで行った、もしくは境内の寸前もしくは参拝の帰りに、誰かに誘導されてついて行ったという可能性もある。その後、襲われたということになるが、動機が不明。

テレビのチカラ番組内で超能力者「ゲイル・セントジョーン氏」は男に人が倒れているから手を貸して
くださいと言われ、男を助け、山中を進んでいった後、暴行目的で拉致されたと言っていた。
うーん、それならもっと若い女性を狙うのではないか。勿論そういった趣味ということもあるが。
こういうと失礼だが法子さんはいかにもといったステレオタイプの主婦である。また敢えてこの手口を、人の多いゴールデウィークの参拝客を狙ってやるだろうか?人気のない平日が狙い目だと思うが、それだと逆に女性一人の参拝客が少なすぎる?普段どの程度女性一人で参拝に訪れるかは不明だが、多くはないと思われるので、敢えて人の多いゴールデンウィークを狙ったのかもしれないが、ちょっとリスクが高すぎるし、そんな回りくどいことするか?というのが正直なところ。

しかし、事件であれば上記のような誘い出しがもっともイメージし易いのも事実。
何か犯罪的なことを目撃してしまい、口封じの為・・・というような話もあるがその場合、そのような場所に行く意味がまず分らず、あまり現実的ではない。仮に襲われたとするならば悲鳴や現場に傘やら、それこそお賽銭が落ちていても良いハズである。更にその場で昏倒させたとすると、遺体をそこからどこかへ運んだということなり、ほぼ不可能なんじゃないだろうか。

(駆け落ち?)

そうなってくると、自発的な失踪がもっとも濃厚だと思われるが、財布や携帯も持たず、赤城山の山中に失踪というのも、激しく不可解なわけで、それを考えると誰か協力者と待ち合わせていたのではということも無きにしも非ずだが、わざわざ家族での外出中に計画するというのが考えづらい。
神社への参拝も夫か叔父が言いださなければ立ち寄らないわけで、まあ言いださなかったら法子さんが
言いだすかもしれぬが、駆け落ちの舞台としてはあまり相応しくない。戻らなければすぐにでも捜索されることが明白なわけで、計画性があれば家族の外出中などにするだろう。しかも場所は群馬である。千葉在住の法子さんが(もしくは法子さんに)何故その場所を指定するのかも意味不明。

そんなわけで、発作的に思い立った自主的な失踪ととりあえずは結論付けたい。

大阪と米子からかかってきた無言電話は恐らく法子さん本人からなのではないだろうか・・・。

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追記

法子さんが「しばらくして」参拝に行ったことに何か理由があるんじゃないかと、考えていたのだが、

催した

というのはどうだろう。小便か大便を催し、気恥ずかしさもあり、お賽銭というカモフラージュでトイレを探しに行ったというもの。
しかし、他人同士ならまだしも家族という気を許している間柄でそれをするのかという疑問も有、ちょっとトイレ探してくるとでも、普通は言うのだろうが、私の常識では計り知れないことがこの世ではまま起きるのであり、そういったことこそが不可解な事件を生み出していることも、これ事実なわけで、法子さんの性格上、そういった手段に出ないとは決して言いきれぬのである。
また、もう一つの考え方として、お賽銭をあげにいくのは事実なので、わざわざトイレに行くという必要はないと、判断したのかもしれない。こんなこと、事件が起こらなければなんてことないわけで、

(トイレ行こう、そのついでに)「せっかくだからお賽銭あげてくる」という風に捉えてもこれ、いいわけである。

そう考えると、境内とは関係ない場所で佇んでいたのも厠らしき設備を探していたのかもしれず、探しているうちにどんどん山の方へ行ってしまい、何らかの事件・事故に巻き込まれたというものである。

本件において、事件・事故の可能性を追及すると、無限に妄想できるわけで、それならば、失踪・事件・事故までの過程を妄想し、結果何に当て嵌まるかを推測する―ということが我々にできる限界なのではないだろうか。