愛犬家連続殺人 (角川文庫)
志麻 永幸
角川書店
2000-09


かの悪名高い埼玉愛犬家連続殺人事件の共犯者が、事件をその共犯者視点で克明に書き綴った作品である。

現在、作者の名前だけ違う「共犯者」、またゴーストライターが書いたらしい「悪魔を憐れむ歌」というほぼ内容が同じ本が出ているのだが、いずれも絶版であり、本書も5千円くらいの馬鹿げた値段がついており、購入を憚った。だが、凶悪事件を調べるものとしては、これは読んでおかねばならないであろうということで苦渋の決断の末、購入に至った次第である。

これが実に読ませる文体で、一気に読めてしまう代物である。
一つのクライム小説としてでも十分に名作と言える出来栄えなのだ。
 
「俺」という一人称視点で語られていくのだが、スリラーホラーとかそんな陳腐な言葉が戯言に聞こえるほどのリアル。それほどのブルータルさが詰まっている。

この小説を基にした「冷たい熱帯魚」という映画をご存知の方は多いであろう。この映画で、元ネタの事件を知ったという方も多いと思う。と、いうより大多数がそんな気がする。それほど、この事件はその映画とセットで語られている節がある。映画の方は、ラスト、所謂オチ以外は、小説に大方忠実なストーリーになってはいて、俳優の「でんでん」演じる主犯の関根もこれは見事だと私も思った。
 
この映画、確かに娯楽作品として完成度は高いがエンターテイメントに傾倒してる感が否めず、というかまぁ、そうあるべきだで、オチとしてはスカッとしているし、別物としてみるべきである。
確かにグロテスクな表現は国内屈指だと思うが、この小説の真髄は主犯関根のサイコパスな恐怖、逮捕の恐怖、そしていつか自分も殺されるかもという死の恐怖、このホラー三重奏に苛まれる男の苦悩が赤裸々に語られていることにある。映画はというと、そのテイストとはちょっと異なり、ほぼ関根の悪魔っぷりを描写することが軸となっている。しかしながら、小説とはまた別物の娯楽と割り切れば普通に楽しめる作品で、完成度は非常に高いといえる。

小説はというと、やはり現実を基に、というかノンフィクションなわけで、そう都合よくスカッとしたオチなぞなく、より陰惨で陰湿であり、終始暗雲が辺りを包んでいるような不安感と非道さがあり、片田舎独特の閑散とした感じというか、、「リアルなホラー」があるのである。

かくいう私も映画を先に見た時分であり、この共犯者である「俺」は、映画の影響もあってか、主犯である関根のいいなりになっている弱弱しい人物だと思っていたのだが、小説はというと、結構な切れもので、関根にも自分の主張を言ったりと、こちらまで心配してしまいそうになるような、割かし強気な面を持つハードボイルドな男なのである。関根に従順するというよりは、そういったフリをしつつ、一定の距離を保っていて、冷静に客観的に、見ている。そしていつでも逃げられる環境でありながら、関根の犯行に加担してしまうジレンマ。これはもう極限の心理状態であっただろう。よくストレスで倒れなかったものだ。

関根は一言で言うと悪魔で、サイコパスなんだろうなあとは思う。
人を殺すことは虫を殺すぐらいの感覚でしかなく、極道者にまで手をかけ、本書には記載されていないが、関根の周りで行方不明になっている人間が何人もおり、殺した人の総数は30を超えている・・というのは恐らくマジであろう。(最近、この殺された極道の親分が、この事件についての真相を書き綴った「仁義の報復」という本が出ており、ちょいと話題になっている。こちらも入手済みなので、近日中に読んでみたいと思う。)
 
何人殺しても捕まらないという状況から関根自身に全能感が生まれ、本人も言っているように、人の寿命は自分が決めることができるという、ある種の神にでもなったような気分だったのであろう。

これは殺人というより彼の中での「粛清」・・そういった感覚を想起させるのである。

こういうと、関根一人の事件のようにも思えてしまうだろうが、この事件は関根のほかに妻(と、この著者)も共犯として捕まっており、妻は死刑判決を受けていることから、この事件は夫婦で行った事件というよう見方もされている。直接殺人こそ犯していないものの、関根が殺害した後の死体を慣れた手つきで「平然と」解体、つまり死体損壊をしており、この女もかなりのものであるということが本書からは窺い知れる。

余談ではあるが、この妻の子が当時母親は正常な判断能力がなかった、という形で不起訴を訴えているサイトがあるので興味があればググって見るのも良いだろう。